EN

知る

山鹿灯籠について

山鹿灯籠は和紙と糊のみで作られる精巧な工芸品です。毎年8月15日・16日に開催される「山鹿灯籠まつり」では、大宮神社に奉納される奉納品として制作されます。作品の種類は多岐にわたり、宮造りや座敷造りなどの建築をはじめ、金灯籠や鳥かごなど、さまざまな形が存在します(→山鹿灯籠の種類)。「灯籠」という名がついていますが、実際には明かりを灯さない作品も多くあります。

和紙を重ねて厚みを出すことはせず、使用する部品は全て空洞に作るため、非常に軽いのが特徴。美しい曲線を表現するために、のりしろを作らず紙の厚みだけで接着する「小口付け」をはじめとした高度な技法が用いられます(→山鹿灯籠の技法)。使用する手漉き和紙は、熊本県山鹿市鹿北町で栽培された「肥後楮(ひごこうぞ)」を原料に、福岡県八女市で専用の和紙として漉かれたもの。和紙の色は染色や印刷で仕上げるほか、金灯籠で使用する金紙は、和紙に金紙を貼り合わせる「裏打ち」と呼ばれる職人の手作業によって加工されたものを使用します。

現在、山鹿灯籠を制作する専門の職人「灯籠師」は7名。それぞれが創意工夫と探究心をもって、伝統を守りながら新たな作品づくりに取り組んでいます(→灯籠師紹介)。2012年には灯籠師を中心に「山鹿灯籠振興会」が発足し、技術の継承と発展に努めています。また、2013年には国の伝統的工芸品にも指定され、その価値が広く認められています。

山鹿灯籠の定義

以下の条件を全て満たし、灯籠師が制作したものを「山鹿灯籠」と呼びます。

  1. 一、手漉き和紙と糊のみを使用すること
  2. 二、灯籠の主な部材は空洞とすること
  3. 三、曲線部分にのりしろを作らないこと

これらの厳格な基準のもと、山鹿灯籠は生み出されています。

山鹿灯籠まつり

まつりの起源と歴史

山鹿灯籠まつり」は、毎年8月15日・16日に熊本県山鹿市の大宮神社で行われる伝統行事です。
その起源は、景行天皇の巡幸にまつわる伝説にさかのぼります。

かつて、菊池川一帯に深い霧が立ちこめ、進路を阻まれた景行天皇を、山鹿の人々が松明を掲げて案内したことが始まりとされています。以来、景行天皇を祀る大宮神社に里人が献上し続けた松明が、室町時代には和紙で作られた山鹿灯籠へと変化していきました。

江戸時代には、町を支えた実業家「旦那衆」によって奉納灯籠の競い合いが盛んに行われ、より豪華な灯籠が作られるようになりました。こうして、山鹿灯籠は神事の奉納品として、また、町の繁栄の象徴として発展を遂げたのです。

まつりの見どころ

① 上がり灯籠(奉納灯籠)

町内や市民団体が灯籠師に依頼し制作した奉納灯籠を、神輿に乗せて大宮神社へと運ぶ神事です。毎年4月、神社で「燈籠制作開始祭」が行われると、灯籠師たちは8月のまつりに向けて制作を開始します。2025年現在、約30の奉納団体があり、7名の灯籠師が手がけています。

8月15日の朝には、町中に灯籠が飾られ、祭りの雰囲気を盛り上げます。そして16日の夜、奉納団体が灯籠を神輿に担ぎ、「ハーイとうろう」の掛け声とともに大宮神社を目指す「上がり灯籠」が行われます。奉納された灯籠は夜中0時に燈籠殿に納められ、1年間展示・販売されます。奉納灯籠は毎年新しく制作され、伝統的な様式のものに加え、その年の世相を反映したユニークなデザインのものも見られます。

② 千人灯籠踊り

山鹿灯籠まつりのもうひとつの見どころは、千人の女性が和紙で作られた金灯籠を頭にのせて踊る「千人灯籠踊り」です。1957年に、山鹿市役所や観光協会、婦人会が観光資源として考案したこの踊りは、いまでは祭りのメインイベントとなっています。幻想的な明かりに包まれながら、ゆったりと舞う踊りは、多くの観光客を魅了します。踊りで使用する金灯籠は、基本的に毎年新調せず、同じものが使用されます。

伝統を未来へ

山鹿灯籠は、職人の技と地域の歴史が息づいた伝統工芸品です。その美しさと精巧さは、時代を超えて多くの人々を魅了し続けています。

今もなお進化を続けるこの伝統が未来へと受け継がれていくことを願い、山鹿灯籠は今日も静かに輝き続けています。